広島高等裁判所 平成元年(行コ)13号 判決 1991年2月28日
控訴人
寺本トシコ
控訴人
寺本勝三
控訴人
鳥居淑子
右控訴人ら三名訴訟代理人弁護士
恵木尚
同
下中奈美
右控訴人ら三名訴訟復代理人弁護士
廣島敦隆
被控訴人
鎗分元三
同
木村金一
同
山村政行
同
樫本一美
同
沖田孝之
同
竹田誠荘
右被控訴人ら六名訴訟代理人弁護士
宗政美三
主文
一 原判決を取消す。
二 被控訴人らの控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実
一 控訴人ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。
二 当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであり、証拠関係は、原審記録中の書証目録及び証人等目録並びに当審記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
1 被控訴人らの追加主張
(一) 仮に本件金員の支出が地方自治法二四二条の二第七項の弁護士の報酬相当額の支払のためではなく、補償金又は見舞金(町議会では見舞金として支出する旨議決されている)としてなされたものとしても、補償金は、地方公共団体の適法な公務の執行により特定の者に財産上の損失を与え又は精神上の損失を与えた場合その損失を償うため必要な経費であるところ、本件金員の実質は訴訟費用及び弁護士費用を償うものであるから、右補償金には該当しない。
また、見舞金は社会的儀礼の範囲にとどめて初めて有効であり、本件のような実質は訴訟費用及び弁護士費用に該当するものを見舞金名目で甲田町が支出することは許されないから、いずれにしても、本件公金の支出は違法である。
(二) 仮に本件金員が和解金として支払われたものとすれば、甲田町が和解をするについては地方自治法九六条一項一二号の規定により町議会の議決を要するところ、本件金員はその原因たる和解につき町議会の議決を経ることなく支払われたものであるから、その支出は違法である。
仮に本件和解金の支出は地方公営企業法に基づく甲田町水道事業特別会計からなされたものであるから、和解をするにつき町議会の議決を要しないとしても(同法四〇条二項)、甲田町水道事業の管理者たる当時の寺本秋三町長が本件和解契約を締結するについては書面をもってなすことを要するところ(地方自治法二三四条五項)、右和解契約は書面をもってなされていないから無効であり、従って無効の契約に基づいてなされた本件公金の支出は違法である。
2 被控訴人らの追加主張に対する控訴人らの答弁
(一) (一)は否認する。予算上の名目はともかく、本件金員は和解金として支出されたものである。
(二) (二)中本件金員が甲田町と「正す会」との和解に基づいて支出されたことは認めるが、その余は争う。寺本甲田町長は、甲田町を代表して第三者である「正す会」と和解をしたところ(地方自治法一四七条)、右和解契約に基づく金員の支払は、普通地方公共団体の事務処理に必要な経費(同法二三二条一項、一四八条一項)として、又は地方公営企業に必要な経費として、当然に甲田町水道事業特別会計から支出し、又は甲田町の一般会計から同特別会計に繰り入れることができる(地方公営企業法一七条の二)ものであるところ、寺本町長は、昭和五九年第六回甲田町議会定例会に四二号甲田町水道会計補正予算案として本公金支出を上程し、本支出が「終戦処理費」という名の実質的和解金である旨説明し、議会もこれを了解し右補正予算案を可決したものであるから、本件金員の支出は適法である。
なお、本件公金支出の予算項目は(款)水道事業費用(項)営業費用(目)総係費(節)補償金となっていたところ、前示のように、和解金であれば正しくは(節)雑費として支出すべきものとしても、同一目内の流用は差し支えないものと解されるから、右公金の支出には会計上も何らの違法はない。
また、地方自治法二三四条五項は普通地方公共団体が契約をするすべての場合につき契約書の作成を要求している訳ではないから、本件の場合契約書の作成がなくとも和解契約は有効である。
3 控訴人らの抗弁
(一) 仮に本件金員が地方自治法二四二条の二第七項の弁護士の報酬相当額として支出されたとしても、本件和解により水道料金滞納者一二四名が甲田町に対し合計五二三万七九〇〇円の水道料金を納入したのであるから、本件裁判外の和解とそれに伴う住民訴訟の取下げは、本件金員の支払を受ける住民らが住民訴訟において実質的に勝訴したと同視し得る事情がある場合に該当するから、本件支出は適法である。
(二) 仮に本件金員の支出が法令に違反する違法な支出であったとしても、本件支出は甲田町町議会の議決を経て行われているから、寺本町長は故意又は過失はなく、従って寺本町長は損害賠償責任を負わない。
4 抗弁に対する被控訴人らの答弁
(一) (一)は否認する。地方自治法二四二条の二第七項に基づく報酬額相当額の支払は、住民訴訟のうち同条一項四号の規定による訴訟の勝訴判決が確定した場合に限り許されるものであって、住民が住民訴訟において実質的に勝訴をしたと同視し得る事情がある場合であっても、その支払は許されない。
(二) (二)は争う。
理由
一(当事者)
請求原因1の事実(当事者の地位)は当事者間に争いがない。
二(監査請求)
請求原因6の事実(監査請求)は当事者間に争いがない。
三(甲田町における水道紛争の経緯)
請求原因2、3の(一)、並びに被告らの主張1の(一)及び(二)の各事実(甲田町水道事業、甲田町水道紛争の経緯の一部)は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に<証拠>を総合すると、次の事実が認められ、右認定を覆すに足る的確な証拠はない。
1 旧小田村(後に甲立村と合併して甲田町となる。)の尾津谷、正学地域(以下、「尾津谷地域」という。)の住民においては、古くから同地域の湧水を水源として灌漑用水を取水し、余水を生活用水に利用していたところ、芸備線の開通に伴い吉田口地区の住民が漸次増加したので、その要望に応じ、これらの住民に対しても右余水を生活用水として利用させていた。
2 尾津谷簡易水道は、昭和三〇年八月、旧小田村の村営水道として発足したが、その際右水道の水源は尾津谷水系に求められ、旧小田村は、昭和三〇年七月二二日、尾津谷水系灌漑水利権者との間で右水利権の譲水契約を締結した。以後、甲田町において尾津谷簡易水道が利用されることとなり、昭和三一年に尾津谷簡易水道条例が制定、施行された。
3 その後、昭和四九年には甲田町水道事業が発足し、右事業に基づく給水地域は甲田町のほぼ全域とされ、その水源は尾津谷水系とは別の水系の可愛川に求められた。そして甲田町水道事業給水条例が制定、施行され、これに伴い尾津谷簡易水道条例は廃止されたが、甲田町水道事業給水条例中、附則2但し書において「旧尾津谷簡易水道管理及び料金徴収については上水道給水開始時まで従前通りこれを行うものとする」とされた。
一方、尾津谷地域の水利権者らは、右新条例の制定に伴い、以後は甲田町には甲田町水道による給水がなされるに至ったことから、従前の尾津谷簡易水道の水利については前記譲水契約を解除して尾津谷地域の水利権者に返還するように求めて甲田町との交渉を始め、昭和五〇年三月頃尾津谷地域の住民らと当時の町長井上日丸との間で、昭和五一年三月三一日までに(その後の話合いで同年四月三〇日まで返還期限を延長)これを返還する旨の話合が成立した。
右上水道事業による給水は昭和五一年ころに開始されたが、給水開始後も、吉田口地区の一部住民は、尾津谷簡易水道に比して甲田町水道によるときは、使用料が高額であることや水質が落ちること等を理由として、その給水装置の設置を拒み、尾津谷簡易水道からの受水を主張したため、従前の旧尾津谷簡易水道設備による給水も事実上継続され、吉田口地区においては甲田町水道管系と簡易水道管系の二系統の給水が併存するに至った。
そうして、甲田町は甲田町水道の給水開始後も依然として簡易水道管系から受水している者については、前示給水条例附則2項但書(同但書は、甲田町水道事業条例制定後実際に同町が給水を開始する時まで時日を要するところからその間の経過措置を定めたもので、甲田町が給水を開始し、甲田町水道から受水ができるにも拘らずこれをしないものに対する水道の給水ないし料金額を定めることを目的としたものではない。)に従い、旧来の廉価な水道料を徴収していたところから、甲田町水道から給水を受けている者との間に著しく料金較差が生じ、甲田町水道管系利用者ないし譲水契約の早期解除を主張する水利権者らと依然として尾津谷簡易水道からの受水を継続している吉田口地区の一部住民らとの間に対立が生ずるに至った。
4 昭和五三年八月ころ、当時の井上日丸町長は、旱魃により尾津谷地域の灌漑用水の不足が生じたことから、尾津谷簡易水道の水利権者のため、同水道による配水を一時停止し(前記譲水契約には灌漑用水優先の趣旨が明記されている。)尾津谷簡易水道利用者に対しては、これに代わって甲田町水道管系を尾津谷簡易水道管系に直結して給水した。その後、同町長は水利権者である尾津谷地域等の住民らからの強い要請を受けたことから、昭和五三年九月一六日、専決処分により前記2記載の譲水契約を解除して、甲田町の譲水を受ける権利を水利権者に返還した(なお同月一八日、議会は右専決処分を承認した。)。
しかし、右譲水契約解除処分については、前記吉田口地区住民により結成された「尾津谷水道既得権を守る会」と称する団体(以下「守る会」という)に属する住民が反発し、尾津谷簡易水道の給水の停止は、旱魃による一時的な措置であり、旱魃による緊急事態が解消した以上は尾津谷簡易水道の水源からの配水を再開するべきである旨を町に対し強く求めていた。
その間も、甲田町水道管系の直結による尾津谷簡易水道管系への給水は続けられたが、接続された尾津谷簡易水道管の老朽部分の破損箇所から多量の漏水が生ずることになった。そこで井上町長は、「守る会」に対し、甲田町水道から直接給水管を接続して受水するように求めたが、右交渉は進展せず、「守る会」の住民の多くは甲田町水道の利用を拒否した。そのため、井上町長は、昭和五五年四月二日、漏水による給水事業への支障を避けるために、尾津谷簡易水道系を通じて行う甲田町水道による給水を停止したところ、右措置に反発した「守る会」住民は、町の許可なく甲田町水道の支管や同水道利用者の給水管に尾津谷簡易水道の給水管等を接続して給水を受けるに至った。
更に甲田町が尾津谷水系からの給水を停止し、尾津谷簡易水道の給水管を通じて甲田町水道の水を給水するようになってからも、右給水を受けている「守る会」の住民らに対しては、尾津谷簡易水道の給水管には量水器の付設がないため使用水量の計量ができないこと、右住民らからは正式には甲田町水道の給水申込みがなされていないから、法的には甲田町水道事業給水条例に基づく給水とはいえないこと等を理由に、前示附則但書に基づき従前どおり尾津谷簡易水道としての旧水道料金の賦課、徴収しか行われなかったため、その他の住民らから、既に尾津谷簡易水道は廃止されており、同じ甲田町水道の水を利用しているのに水道料金に著しい較差が生じているのは不公平だとの声が一段と高まった。勝手に甲田町水道の支管や同水道利用者の給水管に接続して水道を利用している一部「守る会」の住民らに対して甲田町が見るべき措置を講じようとしなかったことも他の住民らの不満を一層募らせた。
5 昭和五五年五月には、井上町長にかわり児玉信夫が町長に就任したが、吉田口地区には、尾津谷簡易水道配水管に代わる水道管設備を設置することとし、その経費三五〇万円を予算に計上してその議決を経た。これは、後述のごとく尾津谷簡易水道の給水管には量水器が付設されていなかったことから、吉田口地区の「守る会」ら住民の尾津谷簡易水道設備から新水道管設備への切替えを促進するため、町の費用をもって新水道管設備の設置をしようというものであったが、吉田口地区には既に甲田町水道管系の配水管が敷設されていて、吉田口地区の住民で尾津谷簡易水道管系から甲田町水道管系からの受水に切り替えようとする者は、条例どおり自ら給水工事費用を負担して既設の配水管に自己の給水装置を取り付ければ足りるのに、甲田町がその費用を負担するのは不公平であるとして、更には児玉町長が右新設備の水源を明らかにせず、譲水契約は解除されていないから水利権者との話合いさえつけば再び尾津谷水系から水を引くことがあるかのようなあいまいな言動をしたところから、再び尾津谷地域に水源を求めるものだとして、尾津谷地域の水利権者その他の住民の反発を招く結果となった。
6 以上の実情に不満を持った尾津谷地域の水利権者らは、花尾志を代表とする前記「正す会」を結成し、甲田町に対する水道料金の不払いを開始するとともに、昭和五八年一月二一日花尾外一七名が申請人となって甲田町を相手方として旧尾津谷簡易水道水源取水設備利用による取水の差止、右設備の執行官保管、譲渡・占有移転禁止を求める仮処分を申請し(被告らの主張記載の「仮処分事件」)、昭和五八年四月二五日、花尾外五名が原告となり、甲田町長児玉信夫及び同町長個人を被告として、旧水道料金賦課の差止、不平等な水道料金の是正措置を執らないことの違法確認、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき甲田町水道の漏水等を放置したことによる損害の賠償を甲田町に代位して求める旨、及び前記吉田口地区の新水道管設備の工事費予算三五〇万円の支出ないし右工事の施行の差止めを求める旨の訴えを提起した(請求原因記載の「住民訴訟」)。一方、甲田町は、水道料金の支払いを拒んでいる住民の一部を被告として水道料金の支払いを求める訴えを提起した(請求原因記載の「水道料金訴訟」)。
また前示仮処分申請に対抗して、吉田口付近の住民である木坂正外一九名らは、その頃「正す会」の花尾外一七名を被告として、尾津谷地域を水源とする湧水利用権の確認等を求める訴訟(広島地方裁判所昭和五八年(ワ)第五九九号湧水利用権確認等請求事件)を提起した。
7 こうして、水道問題は甲田町全体を捲き込む問題にまで発展し、新たに町長選挙に立候補した寺本秋三は、水道問題の全面的解決を選挙公約として掲げて町民多数の支持を受け、町長選挙に当選し、昭和五九年六月一七日町長に就任した。
四(甲田町長と「正す会」との間の和解の成立について)
<証拠>を総合すると次の事実が認められ、右認定を覆するに足る的確な証拠はない。
1 甲田町町長に就任した寺本秋三は、前記選挙公約に従い前記三認定の甲田町における水道問題を解決したいとの意向をもち、「正す会」会長の花尾志に対し、甲田町と「正す会」との間の前記紛争等に関し、話し合いによる解決を申し出、以後花尾との間で数度話し合いを行ったが、その際、寺本町長は、甲田町と「正す会」住民との間の訴訟の双方の取下げ、小田小学校屎尿排水管埋設工事及び町道尾津谷線の拡幅工事への協力方、及び「正す会」住民の未払い水道料金の支払いを要望し、他方、花尾は「正す会」側の条件として、甲田町から「正す会」側に対するいわゆる慰藉料名目による金員の支弁や、水道料金徴収の不公平の是正、未払い水道料金の善処方を求めたところ、寺本町長は「正す会」側に対する町費の支出や右の不公平の是正、不払い水道料金の処置について「正す会」側の要望に応じる旨を答えた。
同年九月初旬頃、花尾宅で、町側は寺本町長と教育次長が、「正す会」側は花尾外三名が出席のうえ、最終的に、「正す会」側は、(1) 前記住民訴訟、仮処分申請を取り下げる、(2)町が水道料金訴訟を取り下げる代りに速やかに滞納水道料金を町に納付する、他方甲田町は、(1) 前記住民訴訟、水道料金訴訟及び仮処分事件につき「正す会」住民らが既に負担し、あるいは負担すべき訴訟費用の実費即ち右訴訟につき「正す会」住民らの負担に係る弁護士費用相当額全額を町から支出する、(2)前記水道料金訴訟を取り下げ、「正す会」住民らの納付した水道料金の一部還付をし、並びに昭和五二年度ないし五七年度の未払水道料金の支払を一部免除する旨の合意がなされた。
また、右話合いの際、地権者である「正す会」の住民らの小田小学校屎尿排水管工事及び尾津谷線の道路拡幅工事への協力についても約束が取り交わされた。
なお、話合いの際、双方から出された条件や合意の内容については、すべて口頭により提示ないしは取り交わされたものであって、書面の作成はなされなかった。
(なお、本件水道問題の発端となった「守る会」の住民らに対する水道料金徴収の不公平の是正等につき話合いないしは一定の了解がなされたことを認めうる確たる証拠はないが、<証拠>(監査通知)によれば、「守る会」の住民らも量水器の取付けを始めていることが窺われること、前示のとおり、「正す会」側も水道料金の一部還付ないし減免を受けたこと、「正す会」は前記住民訴訟を取り下げる合意をしていること並びに弁論の全趣旨によれば、依然として簡易水道管系を通じて受水している吉田口地区の「守る会」の住民に対しては、甲田町の行政指導により順次甲田町水道管系からの受水に切り替えさせて行くことで「正す会」も了承し、過去の水道料金較差の是正については不問に付す旨の了解が成立したものと推認される。)
2 前記住民訴訟は、昭和五九年七月一六日付で「正す会」に属する原告らが訴えを取下げ、これに寺本町長及び児玉が同意したことにより終了し、水道料金訴訟及び仮処分事件も、そのころ、取下げ及びそれに対する相手方住民らの同意により終了した。
右各取下げにより、甲田町と「正す会」住民との間では、当時係属していた訴訟事件、仮処分事件はすべて終了することとなった。
3 「正す会」の住民ら一二四名は、甲田町長との前示合意が成立した直後滞納水道料金合計五二三万七九〇〇円を納付した。
4 その後、小田小学校屎尿排水管工事が着工されたが、その際、「正す会」の住民が任意に土地を提供するなどしたため、町道を経由する計画の許に予算措置(約一九七〇万円)を講じていた当初の工事に比して、はるかに低額の費用(約五〜六〇〇万円)で工事が完成した。
5 なお、「正す会」住民らの未払い水道料金の支払いに関しては、前示合意に基づき昭和五九年九月二〇日、寺本町長は、甲田町水道事業会計の処理により、未払い水道料金合計一八二万九二二〇円の支払いを減免し、既に右住民らから支払い済みの水道料金合計八五万三五〇〇円を還付することとし、同月二五日、右額の金員を対象者に還付した。
五(本件公金支出)
請求原因3(三)記載のとおり本件公金の支出がなされた事実は当事者間に争いがないところ、右の争いのない事実に<証拠>を総合すると次の事実が認められ、右認定を覆するに足る証拠はない。
1 昭和五九年九月一七日、寺本町長は、前示弁護士費用相当額一七八万七六一〇円を町費から支出すること並びに前記「正す会」との合意による水道料金の減免及び還付により不足する水道事業会計の財源を補填すること等を目的として、後記のとおりの甲田町一般会計補正予算案及び甲田町水道事業補正予算案を議会に提出したが、右金員支出について寺本町長からなされた説明は、次のとおりである。すなわち、まず提案理由として、「水道問題が解決して、その関係する終戦処理費」である旨の説明がなされ、その後、出席議員の質問に対し、右金員は訴訟費用である旨の答弁がなされた。そして、その後の質疑において、寺本町長は、「補償費で、この位の答弁でゆるしていただきたい」、「弁護士から請求書が来ており、別に何でもない金ではない」、「議員さんにはっきり申し上げてよいかどうかということは今悩んでいる」、「町民の金を使わせてもらうので、波紋になるかも知れないので、終戦処理費位でおさめていただきたい」、「それが条件で水道問題を解決した。滞納も整理し、従来のように町に協力していただくということで条件として私がのんだ」、「補償の意味にはあたらないかも知れず、見舞金にあたるかも知れないが、色々それが条件で和ぼくした」といった旨の答弁をなし、その際水道事業会計補正予算のうち、前記予算の「説明」を「訴訟費用補償金」から「見舞金」に訂正した。その後、質疑が打ち切られ、右両予算案は賛成多数で可決された。なお、右審議の休憩中になされた議論においても、反対議員の質問に対する寺本町長の答弁の趣旨は、前記金員の支出によって町が当事者である紛争は解決するという意味での終戦処理費であり、字句が悪ければ訂正する、というものであった。
2 昭和五九年度甲田町一般会計予算(第三号)案は同日挙手多数により原案通り可決されたが、右案においては、歳入歳出予算の総額に、歳入歳出それぞれ二七五三万四〇〇〇円を追加することとされ、うち歳出につき款を衛生費、項を上水道費として四二八万八〇〇〇円の補正がなされ、右は上水道施設費として甲田町一般会計から水道特別会計に対して補助金として支出されることとされた。また同日、寺本町長は、昭和五九年甲田町水道事業会計補正予算(第一号)案を提出し、同日これも議会で挙手多数により原案通り可決された。右案においては前記四二八万八〇〇〇円のうち、三二五万二〇〇〇円は款を水道事業費、項を営業費用として支出され、そのうち一七八万七六一〇円が、目を総係費、節を補償金、説明を見舞金(当初は「訴訟費用補償金」として提出されたが、議会での審議中に「見舞金」と訂正された。)として支出されることとなった。
3 同年九月一九日、寺本町長は、前記一般会計補正予算に基づき、上水道事業会計補助金として前記四二八万八〇〇〇円の支出を命じ、当時収入役であった境章造より、水道事業会計出納員谷森砂夫の口座に右金額が振り込まれた。
4 同年九月二〇日、町長として甲田町水道事業の管理者の地位を兼ねる寺本町長(甲田町水道事業において町長が管理者の権限を行うものとされることは請求原因2のとおりであって、当事者間に争いがない。)は、「正す会」会長花尾志に対し、甲田町水道事業会計から、前記一七八万七六一〇円を、款を水道事業費、項を営業費用、目を総係費、節を補償金、摘要を見舞金として、同額の小切手を振り出し、「正す会」において、これを受領した。
5 右の一七八万七六一〇円は、「正す会」の住民が前記仮処分事件、水道料金訴訟及び住民訴訟の代理人であった加藤公敏弁護士に対して負担し、あるいは負担すべきいわゆる弁護士費用を含む訴訟費用(仮処分事件の費用が計五一万三六五〇円、水道料金訴訟の費用が計五一万円、住民訴訟の費用が計七六万三九六〇円。但し右公金支出当時すでに支払い済みのものを含む)の合計額に相当するものであり、右の金員は右公金支出の後に「正す会」を通じて同弁護士に対して前記費用のうち未払い分が支払われ、あるいはすでに支払い済みの費用相当分は「正す会」が補填をうけたものとして、これを取得した。
被控訴人らが、違法な公金支出として本訴で争っているのは、前記4の一七八万七六一〇円の公金支出のうち、右の住民訴訟費用七六万三九六〇円に相当する金員の支出(請求原因記載の「本件公金支出」、その内訳は着手金五〇万円、印紙代等一万三九〇〇円、報酬二五万円で右着手金は当時「正す会」において支払い済みであった)である。
六(本件公金支出の違法性の有無について)
被控訴人らは、本件公金支出は、「正す会」の住民が提起した前記住民訴訟は取下げにより終了したにすぎず、住民が勝訴したものではないにもかかわらず、「正す会」側が支払うべき訴訟費用を甲田町が負担するものとして、その支出がなされたものであるから、地方自治法二四二条の二第七項の規定に反する違法なものと主張し、控訴人らは、同規定は地方公共団体が紛争解決の手段として住民に対して訴訟費用相当額を支出することまでも禁止したものではなく、本件公金支出は、甲田町における水道問題を解決するために「正す会」との間でなした和解の一条件として「正す会」に対する補償金(見舞金)として、その支出がなされたものであるところ、甲田町町長が町長として、また町の実施する水道事業の管理者の権限を行う者として、その水道事業の円滑な遂行その他町政全般の円滑な遂行を図るため、「正す会」住民らとの間に和解契約を締結することは、地方自治法、地方公営企業法その他の法規によって当然許されるところであるから、本件公金の支出は当然有効である旨主張するので、以下検討する。
1 前認定の事実経過並びに弁論の全趣旨によれば、甲田町とその住民との間の水道問題をめぐる軋轢は、遂に住民による住民訴訟の提起と水道料金の不払運動並びにこれに対抗しての甲田町の水道料金訴訟にまで発展し、甲田町において手を拱いたまま事態が推移すれば、その水道事業の運営に重大な支障を来たすばかりか、町行政全般にわたってさまざまの弊害をもたらす虞があるような重大な段階に差しかかっていたことが認められるが、町政全般の執行責任者であり、甲田町の経営する水道事業の管理者の権限を行う者としてその経営にも責任を負うべき寺本町長としては、地方自治法その他の法令により与えられた権限を最大限に行使して、かかる事態の打開を図り、円滑な町政の実現と水道事業の正常な運営の回復をすべき責務があったといわなければならない。
そこで寺本町長は、甲田町における右水道問題を解決するため、「正す会」との話合により、前認定のとおり昭和五九年九月一七日、同会との間で、「正す会」側は、(1)前記住民訴訟、仮処分申請を取り下げる、(2)町が水道料金訴訟を取り下げる代りに「正す会」側は速やかに滞納水道料金を町に納付する、甲田町側は、(1)前記住民訴訟、水道料金訴訟及び仮処分事件につき「正す会」住民らの負担に係る訴訟費用中弁護士費用相当額の金員を町から支出する、(2)前記水道料金訴訟を取り下げ、「正す会」ら住民の既払水道料金及び未払水道料金の一部の還付ないし免除をする旨の合意を成立させたものであるが、前認定の右合意成立の経緯並びに右合意の内容に鑑みれば、右合意は民法六九五条に規定する和解契約ないしは和解類似の契約であると解するのが相当である。
而して前記住民訴訟の如き行政事件訴訟において、訴訟物たる権利ないし法律関係については、訴訟上の和解はもとより、私法上の和解をもすることができないことは言うまでもないが、訴訟物以外の点につき私法上の和解をなした上、訴訟外で当該行政事件訴訟の取下げの合意をすることはもとより可能であり、また前示甲田町水道事業給水条例三七条の規定によれば「管理者は、公益上その他特別の理由があると認めるときは、この条例によって納付しなければならない料金、メーター使用料、手数料その他の費用を軽減又は免除することができる」とされているから、寺本町長が右規定を根拠にして水道料の減免措置をとることは法律上も可能であるところ、前認定の水道紛争の経過に鑑みれば、甲田町の水道行政の非を鳴らして住民訴訟を提起し、水道料金の不払運動をしている「正す会」住民らの行動には誠に無理からぬものがあり、その言分にも聞くべき点が十分あったのであるから、これら住民の協力を取り付けて住民訴訟を取り下げさせ、水道料金の不払運動をやめさせて滞納料金を納付させ、甲田町の水道事業ひいては町政を正常化するために、右訴え取下げ等の代償として右住民らが要求する訴訟費用のうちの弁護士費用相当額の支払あるいは「守る会」の住民らに対する旧水道料金の賦課の差止、不平等な水道料金の是正請求の代りに「正す会」住民らの水道料金の一部の減免措置等を講ずることはけだしやむを得ない措置というべく、従って寺本町長が、本件水道紛争解決のため「正す会」住民らの負担に係る弁護士費用を町費から支出し、あるいは水道料の減免措置を講ずることを内容とする前示和解契約を締結することは、地方自治法その他の法規に適う行為であり、かつ、町行政ないし水道事業の執行者である町長の行政裁量の範囲内の行為であって、何ら違法の点はないものといわなければならない。
2 被控訴人らは、本件公金支出は地方自治法二四二条の二第七項の弁護士の報酬費用として支出されたものである旨主張し、なるほど前記の各事実によると、本件公金支出を含む前記一七八万七六一〇円の支出は、前記認定の寺本町長と「正す会」との話合いの際に、「正す会」側から、「正す会」が負担し、あるいは負担すべき前記の各訴訟における弁護士報酬を含む訴訟費用については、甲田町において、その支弁方を図って欲しい旨の申し入れがなされたのに対し、寺本町長において、水道問題をめぐる町を当事者とする住民との間の訴訟の係属を解消する目的のために、これを受け容れて、その支出を承諾し、甲田町町長及び水道事業の管理者として、前記認定の予算措置を講じて、「見舞金(訴訟費用補償金)」として「正す会」に対し、これを支出したものであり、かつ、前記認定のとおり、本件公金支出にかかる七六万三九六〇円は、前記住民訴訟における「正す会」側の訴訟代理人であった前記弁護士に支払った着手金、同弁護士に支払うべきいわゆる成功報酬及び印紙代にあたる金員に相当する額であり、「正す会」は、右の支出を受けた後に未払いの成功報酬及び印紙代を支払い、かつ既払いの着手金相当分を取得したものであるから、本件公金の支出は、「正す会」が前記住民訴訟を委任した弁護士に対し支払うべき報酬等を甲田町において負担し、これを支弁するためになされたもの、即ち本件公金の支出は地方自治法二四二条の二第七項に規定する報酬として支出されたものの如くである。
しかし、前認定のとおり、寺本甲田町長と「正す会」との話合において、水道問題をめぐる住民と甲田町との紛争を円満に解決するためになした和解の一内容として、結局「正す会」側が住民訴訟等を取り下げる代償として右住民訴訟ほか二件の訴訟等に係る訴訟費用のうち住民らが弁護士等に支払うべき手数料、報酬及び印紙代相当額を和解金として甲田町が支払うことになったことから、本件公金の支出がなされたものであるから、本件公金の支出は地方自治法二四二条の二第七項に規定する弁護士報酬相当額として支出されたものである旨の被控訴人らの主張は採用できない。
もっとも、地方自治法二四二条の二第七項の規定によれば、同項に規定する住民訴訟を提起した住民らは、その勝訴判決が確定した場合に限り弁護士の報酬相当額の支払を当該普通地方公共団体に対し請求することができるとされており、本件住民訴訟は訴えの取下げにより終了したものであるから、本件が右条項に基づいて支出し得る場合に該らないことは明らかであるところ、本件公金の支出が右規定を潜脱する趣旨でなされたものとすれば、本件公金の支出は正に違法であるといわざるを得ないことになるが、前示の如く、住民訴訟の場合であっても訴訟外で訴訟物以外の点について私法上の和解をすることはもとより可能であり、前認定の和解の経緯によれば、本件住民訴訟を取り下げさせるため「正す会」住民らの負担に係る弁護士費用相当額を甲田町が支払う旨の合意をすることはやむを得ない措置というべく、住民訴訟の取下げとそれに伴う水道料金不払運動の取りやめとは、甲田町にとって水道紛争を円満に解決し、水道事業の正常な運営の回復のための不可欠の事項であることに照らせば、本件和解に基づく公金の支出が、前記地方自治法の規定を潜脱する目的でなされたものとは到底認められない。
また、前認定のとおり、本件公金の支出をするための前示昭和五九年度甲田町水道事業会計補正予算においては、「補償金」として計上されていることが認められるところ、本件公金の性質は、補償金や見舞金ではなく正に和解金であるが、同一目内の予算の流用は差し支えないものと解されるから、予算上補償金として計上された金員を和解金として支出しても何ら違法な点はない。
3 控訴人らは、本件金員の支出が和解金としての支出であるとすれば、その支出の原因となる和解について甲田町町議会の議決を要するところ、寺本町長は、本和解につき町議会の議決を得ていない旨主張する。
しかし、前認定のとおり本和解は甲田町の水道事業に係る和解であるところ、地方公営企業法四〇条は、地方公営企業については、条例で定める場合を除き、その和解について議会の議決を要しないものとしているのであるが、甲田町の条例に同町の経営する水道事業に係る和解についても町議会の議決を要する旨の規定があるとは認められないから、被控訴人らの右主張は採用できない。
4 被控訴人らは、地方公共団体の締結する和解契約については書面によってなすことを要する旨主張し、本件和解が書面によってなされたものでないことは前認定のとおりであるが、地方公共団体のする契約の締結につき契約書の作成を要する旨の規定は存しないから、被控訴人らの右主張は理由がない。
七(結論)
以上の次第で、本件公金支出は、地方自治法二四二条の二第七項の規定に反する違法の支出である旨の被控訴人らの主張は理由がないから、これを前提とする被控訴人らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却すべきところ、これと異る判断のもとに被控訴人らの請求を認容した原判決は相当でないから、これを取り消して被控訴人らの控訴人らに対する請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官篠清 裁判官宇佐見隆男 裁判官難波孝一)